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保存的治療 Palliative Care|メインビジュアル
保存的治療 Palliative Care

保存的治療 Palliative Care

最善を尽くした治療をしても、足が壊疽化し保存的治療しか方法が残されていない場合があります。
この場合、感染に注意し、感染が起きた場合すぐ対処する治療方針に移ります。

保存的治療 Palliative Care

ケーススタディ
患者病歴
78歳女性、重度虚血下肢、軽度高血圧、脳梗塞で車椅子生活、ほぼ全介助。
去年末に左足の親指先を靴擦れで外傷、その後、親指先が壊死。
感染
感染兆候は無しとの判断。レントゲンでは骨溶解なし。悪臭なし。
創傷
創傷は乾燥してドレナージはなし。疼痛は多少あるが鎮痛剤は不要
治療方法
血管外科はこれ以上のインターべンション(下肢バイパスやPTAなど)は非常に困難である、との判断。
患者や患者の家族もできれば治癒を、と希望している。
アンギオ写真によると、下肢の動脈塞栓は重度で、SPPも膝下で20 前後、
創傷を“完治”という目的でオペするならAKA(大腿切断)が最適との判断。
患者と患者の家族は、以上の主治医・血管外科医のアドバイスを受け、“保存的”な創傷治療への移行を希望した。
現在は4週間毎に感染のモニターを創傷ケアセンター外来でチェックしながら、入院中の看護施設ではヨード素ジェル(イソジンジェル)を1日1回塗布して創傷部を乾燥させ、無菌状態を保ちながら、感染の有無を看護師にチェックしてもらっている。
上記のケースを考えて見ましょう。
この患者に対して、AKAを勧めるのは“正解”でしょうか? 
この患者のADLは低く、基本的にベッド→車椅子→ベッドの全介助の生活です。
また、脳梗塞で下肢は拘縮したまま動かせず、どんなにリハビリをしても、AKA後に義足をつけて歩行するというのは現実的ではありません。
現在の時点では、創傷感染の徴候はみられず、早急な下肢切断は必要なし、と思われます。
この患者の余命、QOLを考えると、AKAは必ずしも患者のためにベストな選択ではないと考えられます。 

保存的創傷治療のバックグラウンド:

皮膚は人間体内で最大の組織です。高齢者に肝不全や腎不全がみられるように、高齢者・糖尿病患者には皮膚不全 ⇒ 創傷、とくに褥瘡(じょくそう)は頻繁に起こります。
一般的に老人ホーム患者の1/3は創傷・褥瘡があるとみられており、最近の調査では1609人の老人ホーム患者の内、14.7%は完治しなかった創傷とともに死亡しています。(Mitchell 2004, Arch Intern Med) 

Palliative Care 、保存的な創傷治療とは何か?

米国では“Palliative Care”と言う言葉は、ホスピス ケアとも呼ばれ、主に末期の癌患者などの為に、病疾患の完治が目標ではなく、疼痛のコントロールを目的とした鎮痛剤(モルヒネ)の静脈点滴治療の際によく使われます。
創傷ケアにおける“Palliative Care”は保存的治療と日本語訳できますが、いわゆるホスピスケアとは大きく違いがあります。
創傷ケアにおける保存的治療は、単純な非外科的治療とは異なり、創傷患者のQOLを最重視した治療方針であります。
基本的に創傷ケアに関わる医師・看護士は、感染や下肢切断を防ぐ為に“1日でも早く”創傷完治を目指し、積極的にデブリードメント、植皮、皮弁などの外科的治療を行います。対照的に、創傷ケアにおける保存的治療とは、完治が非常に困難と思われる創傷に対して、大掛かりな外科オペは避け、故意に消極的な治療法を施すことを指します。

完治が困難である創傷のケースとしては、

  1. 患者の全身状態・栄養状態が極めて悪い
  2. 重度虚血下肢で血流が不足しており、血流再建も困難、または危険すぎる。
  3. 脳梗塞などで四肢が膠着し除圧が困難、リハビリのポテンシャルも低い。
などが考えられます。

保存的創傷治療のゴールは:

  1. 疼痛の緩和・コントロール
  2. 感染の予防
  3. 創傷ステージの悪化(創傷深度)の回避
と定義できます。(Ennis 2005, Wounds)
保存的創傷治療へ移行するという治療方針の決断は、患者、患者の家族、主治医(創傷ケア医師)、外科医による会議・意見交換により行われるべきです。
医療関係者にとって最も重要なのは、“保存的創傷治療”とは、俗に言う“サジを投げる”という行為とは違うということを、患者と患者の家族に理解してもらうことです。米国での最近の研究では、保存的創傷治療法へ移行した患者の中でも、40%近くの慢性創傷患者が完治・もしくは治癒傾向になった、という統計もあります (Tippet, 2005, Wounds)。
つまり、保存的創傷ケアは、困難な状況にある患者の立場を考慮しての治療方針であり、創傷ケア関係者にとっても、創傷を完治できなかったという“敗北”ではなく、多数ある治療法の1選択に過ぎないのです。