会場に辿り着く前にモールの上部通路でも・・・カリフォルニアでは背広姿で買い物をすることはあまりありません。そのせいか、私を含めいろいろな方々がモール内で不協和音をかもしだしていました。そしてやはり暑い!3月だというのに30度近くありました。
それでも、一歩ホール内に入れば一瞬にして世界が変わります。足病に関わってきた錚々たる面々が順番に紹介されてゆきます。やはり下肢救済を目標の一つとして掲げているだけあり、紹介の間も今の厳しい現状をいかにして改善するか等の議論があちらこちらから聞こえてきました。
かくしてカンファレンスが始まりました。やはりさまざまな分野からのアプローチで糖尿病性足病変と向き合っています。おおむね真面目な先生方が演説をしていらっしゃったのですが、演題中に体で表現するお茶目な先生もいらっしゃいました。
Warren S. Joseph足病医
このカンファレンスの特徴として、下肢救済に大きく貢献した方に贈呈されるEdward James Olmos Awardがあります。この賞は画期的な手術方式を発案したり、重大な発見をした方に毎年送られます。
今年はWarren S. Joseph足病医に贈呈されました。
Joseph氏は感染対策の活動をしており、米国最大の足病医療誌Journal of the American Podiatric Medical Associationの編集者であり、Handbook of Lower Extremity Infectionsの著者でもあります。
Joseph Mills, Sr.MD
また、次年度の受傷候補者はすでに発表されています。血管外科医であるJoseph Mills, Sr.氏は、血管外科学会と足病医療学会の協力を助け、下肢救済を大きく推し進めました。また、米国中で使用されている血管外科の医療書の著者でもあり、各分野で注目されている先生です。
演題やシンポジウムは多分野に渡り、最近日本でも話題になっている治療法等も紹介されていました。
次にカンファレンスで発表された50以上の演目の中から特に糖尿病足病変のケアに関連することをピックアップしてお伝えします。
今後15年で全世界の糖尿病人口は推定3.2億人にのぼると言われている中、未治癒に終わる潰瘍は日々各国の専門家たちを悩ませています。血行再建や除圧、栄養管理等が良好でも、一つ要素が狂えば治癒しないのが難治性潰瘍たる所以です。
治療の一つの指標として、創傷が治療開始から4週間以内に50%の縮小率を示すかどうかでその後8週間以内に治癒するかをある程度予見できると結論付けた研究があります。4週間以内に53%の縮小率を示せばその創傷は58%の確率でその後8週間以内に治癒しますが、53%に満たない場合の治癒率は9%にまで落ち込むようです。(n=203, 感度91%、特異性58%、陽性的中率58%、陰性的中率91%)( Sheehan et al. Diabetes Care. 2003;26(6):1879-1882.)
マイアミ医科大学で皮膚科学皮膚手術学科と疫学公衆衛生学科に所属するRobert Kirsner博士は”Advancing the standard of care for diabetic foot ulcers”という題目の中で、創傷辺縁の細胞の特殊性について興味深い解説をしていました。
創傷辺縁の細胞(A)とそこから数ミリ離れた細胞(B)、そして健常な細胞(C)を比較したときに、驚くほどの違いが現れています。
総括して比べると、辺縁の細胞は増殖するものの不良肉芽形成を起こしやすく、またそれらの細胞は遊走性に乏しいため創傷を閉塞するには不適切であり、治癒を遅延させると論じています。またこれらの細胞は受容体や肝細胞が減少している状態にあるため、フィブラスト等成長ホルモンを投与しても劇的な反応は期待できないとしています。
写真:左から創傷辺縁、その外側、そして健常な部位から採取した細胞層。それぞれの層を、幹細胞に反応する色素で染めたところA層には幹細胞の反応がありませんでしたが、B層からはC層以上の幹細胞による反応が認められました。適度なデブリードメントによりB層を露出させられれば、正常な肉芽増殖が期待できます。
A細胞は健常な細胞とくらべて角質増殖性が高く分裂速度も早いのですが、c-mycとβ-cateninという物質も含み、これらが治癒を遅延させます。
しかし、創傷辺縁から数ミリはなれた部位の細胞を比較してみると、健常な細胞とまではいかずとも近似した特徴を示すそうです。また、これらの細胞は健常な部位の細胞よりも多くの肝細胞を有するため増殖には適していますが、創傷辺縁では肝細胞数は減少していることが解っています。
写真左:皮膚全層を比較してみたところ、A細胞は表皮に不良組織を有し、炎症部位も目立ちます。真皮層には線維症も認められましたが、B細胞はC細胞に近似しているという結果になりました。写真右:三種類の細胞を培養しその中心をピペットで引っ掻き、二分されたコロニー群が合併するまでの時間を表したもの。A細胞は遊走性に乏しいため、創傷を閉鎖するまでに時間がかかります。
これらのことを踏まえると、デブリードメントが重要となってきます。創傷治療においてデブリードメントはスタンダードケアの一部となっていますが、どこまで削って良いものか、またどんな条件下では避けるべきかなどの指標は医師の主観に委ねられています。その見極めには主観からではなく、詳細なアセスメントによって客観的に判断するべきであると氏は述べています。デブリードメントは血行再建、除圧と同等に創傷治療において妥協できない要素であり、医師が最も直接コントロールできる治療であり経過に直接的に影響するものであるとまとめています。
デブリードメント前と直後の創傷辺縁の細胞の遺伝子発現プロフィールを比較してみると、大きな変化が見られました。患者1と2は正常な結果をしめしていますが、患者3においてはデブリードメントによる変化が認められません。これはデブリードメントが不足していた可能性を示唆しています。
参照:
Robert A. Kirsner, MD, PhD. Advancing the standard of care for diabetic foot ulcers.
University of Miami Miller School of Medicine
Miami, Florida
続いて、血管新生に着目した演題の一部をご紹介します。
毛細血管はご存知のとおり体内に190億本もあると言われており、これらを全てつなぐと地球を2周できるほどの長さになるそうです。この毛細血管は状況に応じて増減し、皮膚や組織の維持や回復を助けます。
そして、疾患により、血管が局所的に多すぎることが特徴であったりその逆であったりします。もちろん、慢性創傷は血流が不足しているのが問題です。慢性創傷には血流不足が大いに関係しているので、その治療ではいかに毛細血管を増やせるかが鍵になります。そのためには、血行再建だけではなく、それと並行して血管新生を促進する治療を行う事が望ましく思われます。
デブリードメントや湿潤環境の保持はもちろん最低限の処置ですが、その他にも多種多様の療法が開発されています。そのほとんどが成長因子に関与するものであり、結局のところ理想量の血流を確保することが目標となります。
ところで、演題中に興味深かったのは、前駆細胞を誘引する物質SDF-1についてでした。前述のように慢性創傷創縁の細胞は不良細胞であるということでしたが、それとはまた別に、分泌物の量にも大きな差がありました。内皮前駆細胞が血管内皮に結合することによって血管内皮の増殖が行われるのですが、この内皮前駆細胞が血管内壁に結合するためにはいくつかのレセプターが同時に反応する必要があります。ところがその内の一つであるSDF-1が糖尿病性慢性創傷内では減少しており、内皮前駆細胞が多く存在しようとも機能できずにあるということでした。SDF-1を直接創傷に注射した実験では、回復率が向上したそうですので、今後の発展が期待されるところであります。
参照:
Li, William W. M.D. Angiogenesis for Dummies : Techniques for Healping Practice Granulate.
President and Medical Director, The Angiogenesis Foundation
急性創傷では受傷後、毛細血管は上図のように一度増加し、回復するにつれ減少する。だが慢性創傷では右図のように毛細血管が不足しているため、元々のベースラインまで回復させる必要がある。
健常な検体の一部に創傷を作り、創が治癒した直後に皮膚を切除した。皮膚下に毛細血管が多く成長しているのが見える。これらは、皮膚が正常な厚みになるとともに減少する。
SDF-1分泌量を糖尿病と非糖尿病患者とで比較した。糖尿病患者は、その分泌量が減少していた。